気づけば同じ大手企業に勤めて25年。私はただ、目の前のやるべきことをひたすら必死にこなしてきました。
私は特別仕事ができるわけではありません。ただ、他の人がやりたがらないような仕事も、最後までやるきることができました。そんな我慢強さだけで、がむしゃらに駆け抜けてきました。
たまたま、会社が女性管理職の比率向上を求める時期だった
10年ほど前から社会が変わり始め、働き方改革や女性登用の波が、私の会社にも押し寄せました。その流れの中で、私も部下を持つ管理職になりました。
当時は子どもが保育園から小学生という、一番手がかかる時期。管理職の仕事は想像以上に忙しく、家庭を回すためにシッターサービスや家事代行など、使えるものはすべて活用しました。仕事の時間を作るために、お金を払う。それが当たり前の毎日でした。
大手企業の管理職になれば、年収1,000万円という数字は一つの目安になります。私もそうでした。しかし、蓋を開けてみれば、お正月などのピーク時にしか行けない割高な家族旅行、高級車の購入、私立小学校の学費……。入ってくるそばから、お金は右から左へと消えていく。そんな自転車操業の暮らしでした。
そんな私の足を無理やり止めたのは、40代前半で受けた「突然のがん告知」でした。
辛い手術やまだ続く治療もあり、健康だった頃のようなパフォーマンスを出すことはもう難しい。以前のようなハードワークは続けられないと感じました。
また、医師から勧められて始めた運動が、私を変えました。体力が戻るだけでなく、これまでにない精神的な安定を感じ、自分を整えることの大切さを知ったのです。 でも、この習慣を続けるためには、以前のような深夜まで働く生活では不可能です。
私の人生、このまま仕事ばかりで後悔しないか?
自分に問いかけたとき、積み上げたキャリアや役職よりも、もっと大切にしたい「自分の時間」と「健やかな体」があることに、ようやく気づいたのです。
けれど、これまでの計画性のない生活では、すぐに退職することはできません。 早期退職を目指して、家計を根本から見直し、資産を整え、準備しよう。そう決意したのが、私の「第2章」の始まりでした。